古い自転車乗りなら誰もが知っている三連勝(3RENSHO)は、怪物と言われた滝澤正光(千葉43期 現日本競輪学校長)やアトランタ五輪の1000mTT銅メダリストの十文字貴信(茨城75期 現中華そば白河屋オーナー)をはじめ多くの競輪選手に選ばれたハンドメイドフレームであり、ピストのみならずロードフレームも人気があった。

1990年 沖縄 宮古島

浪人して大学に入ったぼくはバイトして念願の三連勝を手に入れ、浪人生活のストレスを発散するかのように走り出した。

三連勝の思い出は数多くあるが、一番は約30年前、アメリカのサウスキャロライナ大学大学院に留学したときの出来事である。アメリカの田舎道を三連勝で走ることを楽しみにしていたが、アメリカの大学院はそんな甘くはなく、自転車に乗っている余裕はなかった。山のような課題図書とレポートと格闘する日々で、ぼくはいきなり落ちこぼれそうになった。精神的にも追い込まれ、尻尾を巻いて日本に帰国することさえ覚悟したある日、部屋の片隅に置かれた三連勝の入った箱が目についた。渡米してからまだ箱さえ開けていなかった。どうせ帰国するならせめて一度でも三連勝に乗ってからにしよう。勉強を放り出して、夢中で三連勝を組み立てた。やはり、三連勝は美しい。

サウスキャロライナ大学がある州都コロンビアは小さな落ち着いた町である。ダウンタウンの中心が五差路になっていてFive Pointsと呼ばれ、お洒落なカフェや本屋と並んで本格的なロードレーサーを扱うショップもあった。新しいヘルメットを買いに行ったとき、金曜日の夕方にショップの若手店員と客が一緒に自転車に乗るのが恒例になっていると聞いて、まだコロンビアの地理に疎いぼくは早速参加することにした。

TREKやSpecializedなどのアメリカンブランドに乗る連中が「Hey!! きれいな自転車だね、Three Rensho?どこの自転車?」と初めて参加するぼくに気軽に声をかけてくれた。「 3 」は日本語では「サン」と発音する、だからこれは「サンレンショー」。日本の競輪レーサーに一番人気のハンドメイドフレームで、競輪で予選、準決勝、決勝と三連勝すると完全優勝であることを得意気に説明した。

いよいよスタートすると最初は街路樹の美しい閑静な住宅街をスローペースで駆け抜けて行くが、Fort Jacksonに入ってさらに道が広がり乗用車がいなくなると一気にスピードが上がる。運動不足のぼくはあっという間に置いて行かれたが、しばらくして先頭集団はペースを落として、ぼくを含め遅れたメンバーを吸収してショップに帰る。(Fort Jacksonとはコロンビアにある米国陸軍最大の新兵訓練基地。当時は自由に入れたが、9.11以降、入れなくなったらしい)

都合のいいことにショップの隣はカフェバーだった。みんなBudweiserやCoorsを片手に話が弾む。アルコールが苦手なぼくはコーラで参加。夏時間といえどもそろそろ西の空が夕焼けに染まり始めた頃、「Seiji!! 来週もまた来いよ」との声を背中に受けてアパートに帰宅した。友達も親戚もいないちょっと寂しかった異郷の地で突然仲間ができたような気がして嬉しくなった。

シャワーを浴びてスッキリすると気分もスッキリしてまた勉強する気持ちが湧いてきた。帰国するのはいつでもできる、とりあえず、頑張れるところまで頑張ってみようと開き直れたような気がする。

ぼくが金曜ライドに参加するようになって3回目くらいだっただろうか。初めて見かける大学生が「Oh!! You have a SANRENSHO !!」と驚いたように声をかけてきた。驚いたのはぼくのほうで、彼はスリーレンショーではなく、サンレンショーと正しく発音したのだ。嬉しくなって「どうして3RENSHO知ってるの?」と訊くと、自転車の雑誌で見たことがあると言っていた。シクロウネにいた山口さんがアメリカでYamaguchiを立ち上げ、オリンピック代表チームに採用されたこともある。アメリカの自転車雑誌がわざわざ取り上げていた日本のハンドメイドフレームを生で見ることができて嬉しかったようだ。本当に嬉しかったのはぼくのほうだけど。

その年の秋だっただろうか。Five Pointsを封鎖してクリテリウムが開催された。ぼくも誘われてビギナークラスに参加してみたが、10周のところ3周でリタイアしてしまった。ビギナークラスと言いつつ、彼らの巡航速度はぼくの最高速に近かった。リタイアした後、カメラ片手にレースを観戦しているとトイレに行きたくなった。いつものショップでトイレを借りようと中に入ると、金曜ライドに参加しない中年店長が「今日は営業してないから出て行ってくれ」と怒ったように大きな声で言った。するといつも一緒に走る若い店員がぼくに気付いてくれて「彼はオレの友達だからいいんだ、Hey Seiji レースはどうだった?」と言ってくれたので無事トイレを済ますことができた。

Five Points のクリテリウム

その後も不定期ながら金曜ライドに参加し、上手く気分転換をしながら、大学院をなんとか修了することができたのは三連勝のおかげと言っても過言ではないだろう。

ありがとう、三連勝!!

追伸1: サイクルスポーツ誌 2009年9月号に投稿したエッセイより一部抜粋
追伸2: 画像はポジをライトボックスに乗せてルーペ越しにスマホで撮ってトリミングをしたものです。よって画質低下および歪みがあります。
追伸3: なぜコロンビアでの三連勝の画像がないのか?当時はジャージの背中に入れられるようなスマホのデジカメがなかったから

#三連勝 #3RENSHO #サウスカロライナ