ゴールデンウィークに京都に帰る楽しみのひとつは新茶である。もちろん、今の時代、全国の百貨店やスーパーでも京都のお茶は簡単に手に入る。しかし、京都の新茶を京都でいの一番に愛でるのは至高の楽しみである、というのは少し大袈裟か。福寿園と伊藤九右衛門の新茶はすでに店頭に並んだが、一保堂は5月の後半になりそうとのこと。

子供の頃は意味も分からず「夏も近付く八十八夜~」と歌っていたが、そもそも八十八夜とはいつから数えるのか、お恥ずかしながらこの歳になってふと疑問に思い調べてみると、立春から数えるようだ。そして立春とは、春夏秋冬の四季をそれぞれさらに6つに分けた計24の季節(二十四節気)の最初にくるのが立春で、旧暦の正月、現在の暦ではだいたい2月4日にあたる。
八十五でもなく九十でもないのは、末広がりの縁起を担いでいるのだろうが、立春から八十八夜頃が気温が暖かくなり、霜が降りることもなく、お茶の栄養分が最も豊富になる時期ということで、八十八夜の新茶を飲むと無病息災と昔の人たちが大切にしてきた伝統である。

日本の茶の起源は遣唐使が大陸からもたらしたようだが、宋から種を持ち帰ったという栄西上人は『喫茶養生記』に「養生の仙薬なり、延命の妙術なり」と記し、源頼朝にもお茶を奨めたと『吾妻鏡』に書かれているらしい。
「宇治茶」とはいうが、今の京都府宇治市だけで作られているものではない。公益社団法人京都府茶業会議所は「宇治茶は、歴史・文化・地理・気象等総合的な見地に鑑み、宇治茶としてともに発展してきた当該産地である京都・奈良・滋賀・三重の四府県産茶で、京都府内業者が府内で仕上げ加工したものである。ただし、京都府内産を優先するものとする」と定義している。文章で書くと味気ないが、江戸時代は天皇直轄領にもなったという和束町の茶畑は、宇治茶の半分を生産し、その景色は目を見張るほどの壮観である。

今でも茶葉を一枚ずつ摘んで蒸して手で揉んで乾燥させて、煎じて飲むのは修行僧の大事なお勤めのひとつと考えられているようで、お寺の境内のただの生垣だと思っていたら、よく見ると実はお茶の木だったりする。雨に濡れて活き活きとした新芽はむしろサラダにして食べたいくらいである。
