御茶ノ水の丸善にもなかった。できるだけ実店舗の本屋で購入したかったが、しょうがないのでア〇ゾンで買って早速「自転車」の章を読んだ。昭和26年、69歳の志賀直哉が自らを顧みて「私は十三の時から五六年の間、ほとんど自転車気違いといってもいいほどよく自転車を乗廻わしていた」と記している。

国産の自転車がなく、非常に高価だった(今でも恐ろしく高価だが)輸入の自転車「デイトン」に乗っていた。東京中の急な坂を自転車で登ったり降りたりする事に興味を持ち、今も名前が残る赤坂の霊南坂や江戸見坂、小石川の切支丹坂を走る。千葉や横浜へ遠乗りした話、新しい自転車にちょっとズルして買い換えた話などを楽しそうに綴っている。
しかし、残念なのは最後に「私は自転車に対し、今も、郷愁のようなものを幾らかもっている」と書きつつも「さすがに今は乗って、それを面白いとは感じられなくなった」と締めくくっている。70歳で100km走るのを楽しみにしているぼくとしては、「この歳になってもやはり自転車は楽しい」とでも書いて欲しかったが、当時の69歳ではもう体力的にそれどころではなかったのか。いや、1971年に88歳で亡くなっているので、69歳はまだまだ元気だったのではないか。ちなみに、競輪で最近引退した最年長は佐々木浩三(佐賀50期)が63歳、佐古雅俊(広島45期)も63歳だった。