いつもより長い残業が続いたある日の帰り、最寄り駅の薄暗い駐輪場で、なにやらカチャカチャしてるヤツがいる。自転車泥棒か!?関わりたくないなぁと思いつつ、チラッと目をやると高校生くらいの若い女性のように見える。人気のない時間とはいえ、この場で堂々と自転車を盗むような輩には見えない。
ゆっくり近付いて「どうされました?故障?」と声を掛ける。少し驚いた様子の女性は「鍵が開かなくて」と消え入るような声を絞り出した。「ちょっとぼくも試していいですか?」と鍵(キー)を受け取り、挿し込もうとしたが、確かにわずか先っぽだけ入って開錠するまでは入らない。半円形の弧がリムの内側をくるっとロックするタイプの鍵である。
「ほんとにこの自転車の鍵(キー)?」「はい」
ドライバーがあれば鍵本体ごと外してしまうのだが、近くのコンビニの文房具コーナーに小さなドライバーセットが売ってることもあるし買いに行こうか。いや、弧がリムの内側にあるから、鍵本体を外してもダメだ。
「何か中に詰まってしまったのかな」という女性の声。あ、そうか、この手の鍵は中に小さなベアリングのような極小の玉が入ってて、それを鍵(キー)の先が押しのけることによってロックが外れる。それが固着してしまって、玉が動かず、鍵(キー)が挿し込まれないのだ。スプレーオイル(潤滑油)があれば、ひと吹きで解決するのではないか。
女性にぼくの推理を説明し、たまにコンビニにも小さなスプレーオイルが売ってるから、近くのコンビニで探してみます、ぼくが戻るまでに鍵が開いたらそのままどうぞ帰宅してください、と告げて駐輪場を出た。残念ながらコンビニ2軒回ったがスプレーオイルは置いていなかった。困ったな。家まで取りに帰ってもいいが、それならけっこう時間がかかってしまう。

三度目の正直?仏の顔も三度まで?二度あることは三度ある?よくわからないが、3軒目のチャレンジとして、大型スーパーの文房具売場に行ってみたが、ここにもなさそうだ。諦めかけたそのとき、最下段の隅っこにそれらしきものが目に入った。Thank GOD! 最後のひとつの小さなスプレーオイルを見つけた。
3軒も回って想定より時間がかかってしまった。あのおっさん結局めんどくさくなって帰ったかなと思われてるかも、と思いつつ、駐輪場に戻ったら、まだ鍵は開かずにお困りだった。もう一度、理屈を説明して、スプレーオイルを点す了承を得て鍵穴にシュッとひと吹き、ついでにアーチの部分、そして、鍵(キー)にも吹き付けて、鍵穴に挿し込んだ。
すると夜の薄暗い駐輪場にスパーンという大きな音が響き、勢いよく鍵が弧を描いて開いた瞬間、女性の表情がパッと明るくなった。「これで帰れるね、気を付けて帰ってね」「はい、ありがとうございます」。夜の薄暗い駐輪場。女性に声を掛けるのも勇気が要るが、女性も怖かっただろう。
記念に?数百円で買ったスプレーオイルを女性にプレゼントして、ぼくも帰宅した。それにしても自転車乗りでなければ、スプレーオイルで動きを良くするという発想はなかなかないであろう。自転車バカの面目躍如である。うん、自転車乗りで良かった。
