明治天皇陵へ続く大階段

GW二日目は4時に自宅を出て京都を目指す。必ずどこかで渋滞に巻き込まれるのは覚悟の上だったが奇跡的にほぼ渋滞ゼロで京都に到着した(渋滞はあったが上手く迂回できた)。想定外の早い到着を有効に使うべく伏見桃山の桓武天皇陵と明治天皇陵を訪れた。

そういえば、あまり意識していなかったが昨日は「昭和の日」だった。憲法に基づく立憲君主制を遵守する昭和天皇は、日米開戦が迫るなか、明治天皇の御製「四方の海 皆同胞と思ふ世に など波風の 立ち騒ぐらむ」(保阪正康「東条英機と天皇の時代」P. 272、その他引用多数)を暗誦することによって開戦反対の意思を立憲君主制の枠組のなかで精一杯お示しになったことはよく知られている。

まずは写真で見たことがある明治天皇陵に続く大階段を目指して暑いくらいの陽射しのなかを歩いているとドラムの音が聞こえてくる。最初は近くの高校の部活かと思ったが、参道の入口のすぐ近くの幅が広くなった歩道にドラムを並べて練習する輩がいる。明治天皇陵のすぐ足元である。明治天皇が安らかに眠る陵墓のすぐ近くでこんな騒音が許されていいのだろうか。たまたま今日だけというより、いつもここで練習しているような様子である。警察や宮内庁はなぜ放置しているのだろうか。明治天皇への冒涜であり、参拝者への冒涜である。大階段で写真を撮っているとしばらくしてドラムの音は聞こえなくなったが、誰かが通報して止めさせたのか、予定の練習が終了したのかはわからない。

誰もいない大階段を撮りたくて、人が途切れるのをかなり待ってみたが、この時間どうしても途切れることがなかった。しかし、人が写っているほうが規模感が伝わっていいかもしれない。いつも通勤の駅ではエスカレーターを使わずに階段を使うように心掛けている。一段飛ばしで上がると、膝の角度がペダリングに近くなり自転車のトレーニングになるのだ。この大階段も一段飛ばしで上がってみた。最後の1/3は太腿がピクピクして喉から血の味がしそうなくらいキツかったが、なんとか登り切った。

明治天皇陵

外国の方がいたので声を掛けてみた。オーストラリア出身で今は日本で英語を教えている、太宰治の「人間失格」を英語で読む機会があり、日本に興味をもち、その後日本語でも読んだというくらい日本語が上手だった。外国の方々が純粋に日本の歴史に興味をもってくださるのはありがたい。

明治維新後、江戸を東の京と称するとの詔書が発せられたが、やはり最後は京にお戻りになりたかった明治天皇のお気持ちを想いながら、平安京を遷都した桓武天皇陵に歩いて移動する。明治天皇陵は円形の陵墓が見えるが、桓武天皇陵は樹木に覆われて陵墓は見えない。

桓武天皇陵

我が国の歴史において大きな役割を果たした桓武天皇と明治天皇に、我が国の守りをお願いして掌を合わせる。

#明治天皇 #桓武天皇 #御陵